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地域のコミュニティからの独立 その10

会場の会館。もうここへ足を入れる事は無いかもな。子供の時に建替えられた会館も30年以上の年月が過ぎていて目を閉じても描ける程に見慣れている。

 

2Fの電気が点いてないところを見ると総会は会館の1Fの広間のようだ。

 

広間の襖を開ける。「こんばんは。遅くなりました」

 

視線はこちらに集まる。あぁ今日はこの面々か・・・改めて思った。

 

会場のイスには座らず、立ったまま端のスペースにて話の途切れるのを待つ事にする。人前で話すのは苦手だ。それは数人だろうと100人以上だろうと変わらない。今回も緊張はしていたのと同時に質疑に対して上手く答えが出るだろうか?という気持ちも大きかった。

 

しばらくして仕切り役の方が今回の事情を皆さんに話しておいた、一応の了承を得たとワタクシに対して話しかけてきた。ココから皆さんに挨拶せよ!との事であることが分かる。

 

正直に体の事や仕事の事、将来の事、住民票はすでに別の場所にある事、役の受けれない、地域のコミュニティの参加の難しさと今までの御礼を改めて話した・・・かなりの事を話したが時間にして10分くらいだったと後でお客さんに教えられた。

 

この場では大きな反応もなく、質疑やクレームも無く、ビックリするほど早く終われた。仕事の合間の説明もしていたので退出もスムーズにできた。

 

やっとやっと終われたぁぁぁぁぁぁぁ

 

この1週間はキツかった。まぁうちに色々話に来られた時にはそのうち家燃やされるんじゃないか?何かいない間に恐ろしい事になってないか?様々な嫌な事が頭をよぎる。ほんとに八つ墓村から出れるぅぅぅぅ。

 

ネットでも色々調べたが結局、村八分からは出るしか逃れられない。それは間違いや人権無視、差別でもその場のルールが一番で、たとえ理不尽であろうが、その土地の空気、血や繋がり仲間意識が全て正しく、その中の世界だけで納まる形に形成されてきている事なのだ。内部の社会では普通以上に上手く回っている。例え不満があっても不思議な力で和になる。

 

田舎は外部から輪に入るべき場所では無い事、一見さんには優しい村も住民になる事は避けた方が良い。そしてそれらの理不尽が無くなるのはそのような部落が崩壊しなければ難しい事も分かった。80年の年月など無いに等しい・・・

 

これからの時代、全国にあるこのような場所は無くなっていく流れになるのは間違いないだろうし、一部のマスコミ等の憧れの田舎暮らしの情報はあくまでも表面上の物だと言う事。嘘ではないが真実でもない。

 

次世代の人間はこのような場所に留まったり、今の状態で新たに入って来る事は少ないはずだ。

 

この先、何年生きるかは分からないが平均的な寿命であったとするとこの部落の行く末を見届けるのはワタクシで後に続く者は数えるほどだろう。

 

~続く~